後輩指導や日々の業務の調整役を任されるようになると、多くの看護師が「リーダーシップ」という壁に直面します。
「患者さんのケアも完璧にしたいのに、リーダー業務まで手が回らない」 「後輩にどう指示を出せばいいか分からない」 「師長の要求と、現場スタッフの不満の『板挟み』になって辛い」
看護師に求められるリーダーシップとは、生まれ持った才能や「偉くなること」ではありません。それは、多忙な医療現場という特殊な環境で、チームの力を最大化し、患者さんに安全で質の高いケアを届けるための、高度な「技術(スキル)」です。
この記事では、役職の有無にかかわらず、すべての看護師が明日から実践できる、リーダーシップを磨くための具体的な「4つの実践テクニック」を、現場の共感できる悩みと共にご紹介します。
そもそも看護師のリーダーシップとは?(管理職との違い)
まず、「リーダーシップ」と「マネジメント(管理)」は異なります。
「マネジメント(管理職=看護師長など)」とは、予算、人事、労務管理など、部署全体を「管理・運営」する責任者の役割です。 ここで解説する「リーダーシップ」とは、主に現場の「チームリーダー」や「中堅看護師」に求められる役割であり、日々の臨床実践の中で、チームが向かうべき方向(目標)を示し、メンバーのモチベーションを高め、最高のパフォーマンスを引き出す「技術」そのものを指します。
【実践テクニック1】「全体把握能力(俯瞰の視点)」を磨く
リーダーシップを発揮するために最も重要な、しかし多くの看護師が最初にぶつかる壁が「全体把握」です。
自分の「受け持ち患者」だけを見ない
スタッフ看護師の視点は、自分の「受け持ち患者さん」が中心になりがちです。しかし、リーダーの視点は、病棟(フロア)全体を見渡す「俯瞰(ふかん)の視点」を持たなければなりません。
病棟全体の「流れ」と「ボトルネック」を読む
リーダーの役割とは、病棟全体の「業務の流れ」を予測し、滞りをなくすことです。 「Aさんは重症患者対応で手一杯だ」「Bさんは新人指導で動けない」「検査出しの時間が迫っているが、Cさんは入退院対応に追われている」。 このように、病棟全体の状況を常に把握し、業務がパンクする前に「ボトルネック(最も負荷がかかっている場所)」を見抜き、応援を入れる、あるいは優先順位を変更する。この「全体把握能力」こそが、リーダーの最も重要なスキルです。
【実践テクニック2】的確な「指示出し」と「デリゲーション」
全体を把握したら、次はチームメンバーに動いてもらうための「指示(デリゲーション=業務の委任)」です。これがリーダーシップの核となります。
(NG例)曖昧な指示は混乱とインシデントを招く
「ちょっと、そこのAさん(患者)のこと、適当によろしく」 「手が空いたら、誰かあれやっといて」 このような曖昧な指示は、受け手(特に新人や後輩)を混乱させ、医療ミスの原因になります。「適当に」や「あれ」といった言葉は、リーダーの言語ではありません。
(OK例)「5W1H」と「優先度」を明確にする
信頼されるリーダーの指示は、常に具体的です。 「(誰が)Bさん、(いつ)10時までに、(誰の)Cさんの、(何を)バイタル測定と、(どのように)その際、血圧の変動に注意して、(なぜ)朝の投薬内容が変わったから報告してください。(優先度)これは、今やっている記録より優先してください」 このように、目的と優先度を明確に伝えることで、チームは安心して動くことができます。
「任せる勇気」と「責任を取る覚悟」
リーダーシップとは、自分がすべてを抱え込むことではありません。後輩のスキルレベルを信じて「任せる勇気」が必要です。そして、もし後輩が任せた業務で小さなミスをしたとしても、その責任は指示を出した「リーダーであるあなた」が取る、という覚悟を持つことが、チームからの信頼に繋がります。
【実践テクニック3】後輩・チームを「育てる」技術(指導法)
リーダーは「教育者」でもあります。しかし、それは一方的に教えることではありません。
「ティーチング」と「コーチング」の戦略的使い分け
この2つの技術を使い分けることが、権威ある指導法(リーダーシップ)の基本です。
- ティーチング:緊急時や新人に対し、正しい「答え(手順)」を明確に教える技術。
- コーチング:ある程度経験のある後輩に対し、答えを教えるのではなく、「あなたはどう思う?」「なぜそれが必要だと思う?」と「質問」を投げかけ、相手に自ら考えさせる技術。
ティーチングばかりでは指示待ちの人間しか育たず、コーチングばかりでは緊急時に対応できません。相手の習熟度と状況に応じて、この2つを使い分けることが「育てる」リーダーシップです。
叱る(指摘する)技術:アサーティブコミュニケーション
インシデントやミスが起きた時、感情的に「なぜやらなかったの!」と相手(人格)を攻撃するのはリーダーではありません。 必要なのは、相手を尊重しつつ伝える「アサーティブ(誠実・対等)」な指摘です。「(事実)〇〇というインシデントが起きたね。(共感)忙しかったと思うけれど、(問題)この手順が抜けると患者さんにリスクがある。(提案・依頼)今後は〇〇という手順を必ず確認してほしい」 このように、人格ではなく「行動」と「事実」に焦点を当ててフィードバックする技術が求められます。
【実践テクニック4】最強の武器としての「調整力」
看護リーダーの仕事の8割は「調整」である、と言われるほど、このスキルは重要です。
医師や他職種との「交渉・提案」
患者さんのために、時には医師や他職種(リハビリ、薬剤部など)と「交渉」や「提案」をする必要があります。 「(医師の指示に対し)できません」と反発するのではなく、「(指示は理解した上で)現在、患者様はこういう状況(看護師しか知らない情報)ですので、この指示の前に〇〇というケアを優先させていただけませんか」と「対案」を出すこと。これが看護師の専門性に基づく「調整力(リーダーシップ)」です。
師長(管理者)の意図を汲む(中間管理職の視点)
リーダーは、現場スタッフと、病棟全体を管理する「看護師長」との「板挟み」になるポジションです。 現場の不満をそのまま師長にぶつけるだけでは、ただの不満分子です。師長の「なぜ今、病床稼働率を上げろと言うのか(=病院経営の視点)」という管理側の意図を汲み取り、それを現場の言葉に翻訳して伝える。逆に現場の具体的な問題を分析し、師長に「改善策」として提案する。この「中間管理職」としての視点を持つことが、次のキャリアステップ(主任・師長)へと繋がります。
リーダーが抱える「板挟み」のストレスと対処法
リーダー業務は、これまで解説したように非常に広範なスキルを求められる、ストレスの高い役割です。
完璧主義(パーフェクショニズム)を捨てる
リーダーが陥る最大の罠は、「自分が全部やらなければ」「自分の受け持ち患者のケアも完璧に、リーダー業務も完璧に」と完璧主義になることです。 リーダーの仕事は、自分が完璧なプレイヤーであることではなく、「チーム全体として、今日の業務が安全に完了すること」です。優先順位をつけ、捨てるべきは捨て、任せるべきは任せる。「完璧」ではなく「最適」を目指してください。
一人で抱え込まず、師長に「報・連・相」する
あなたが抱える「板挟みのストレス」や「業務上の困難」を、一人で解決する必要はありません。リーダーとしてのあなたの悩みは、あなたの管理者である「看護師長」に報告・連絡・相談(報連相)してください。 チームリーダーのメンタルヘルスを守り、業務負荷を調整することは、師長の最も重要な仕事の一つです。
チームを動かし、最高の看護を実現する「あなたのリーダーシップ」
看護師のリーダーシップとは、生まれつきのカリスマ性ではありません。それは「全体を把握する視野」「的確に伝える技術」「相手の成長を待つ忍耐力」そして「多様な意見をまとめる調整力」という、日々の実践の中で磨かれていく「専門技術」の総称です。
まずは、あなたの病棟全体を「俯瞰」で見渡し、後輩の仕事に「感謝」を伝えることから始めてみてください。それが、あなたのリーダーシップの第一歩となります。