看護師として「退職」を決意したとき、転職活動そのものよりも大きな精神的ハードルとなるのが、「上司(看護師長)に、いつ、どうやって退職を伝えるか」という瞬間です。
慢性的な人手不足の医療現場において、「辞めたい」と伝えることには大きな勇気が必要であり、「強く引き止められたらどうしよう」「迷惑をかけることが申し訳ない」と悩むのは当然のことです。
しかし、「伝え方」の順序とマナーを間違えなければ、トラブルを最小限に抑え、円満に退職することは可能です。この記事では、採用や労務に関する信頼できる情報に基づき、看護師が上司に退職を伝えるための「完璧な手順」と「具体的な会話例」を徹底的に解説します。
なぜ「伝え方」が最も重要なのか
退職のプロセスにおいて、師長への「第一声」は、その後の退職交渉がスムーズに進むか、トラブル化するかの分水嶺となります。
感情的なトラブル(引き止め)を避けるため
不意打ちで伝えたり、不満をぶつけるような伝え方をしたりすれば、上司も感情的になります。「無責任だ」「今辞められたら困る」という強い引き止めや、退職日までのハラスメント(嫌がらせ)に発展するリスクさえあります。
退職交渉は「師長への第一声」から始まっている
あなたの退職の意思表示は、業務の引き継ぎ、人員の補充、シフトの再調整など、病棟運営の根幹に関わる交渉のスタートです。相手(上司)の立場を尊重した、礼儀正しい「伝え方」こそが、円満退職を実現する唯一の鍵となります。
師長に伝える前の「3つの鉄則」【重要】
退職を切り出す前に、必ず守るべき3つのルールがあります。これを破ると、円満退職はほぼ不可能になります。
鉄則1:最初に伝える相手は必ず「直属の上司(師長)」
これが社会人として、そして組織人として最も重要なマナーです。 仲の良い先輩や同僚に、先に「辞めようと思っている」と相談してはいけません。その話が人づてに師長の耳に入った場合、師長は「自分は管理職として信頼されていない」「組織の秩序を乱された」と感じ、あなたへの心証は最悪になります。必ず、師長(主任や副師長が窓口の場合はその方)に最初に伝えてください。
鉄則2:就業規則の「申告時期」を確認する
日本の法律(民法)では、退職の申し出は2週間前で成立しますが、これは最終手段です。円満退職を目指すのであれば、あなたが所属する医療法人の「就業規則」に従うのが筋です。 「退職の申し出は、希望日の1ヶ月前まで(または2ヶ月前まで)」といった規定があるはずです。このルールを守ることが、引き継ぎや人員補充の時間を確保する誠意となります。
鉄則3:「退職理由」を準備する(ネガティブNG)
なぜ辞めるのか、理由は必ず聞かれます。この時、絶対に言ってはいけないのが、現職への不平不満(人間関係が悪い、給料が安い、業務がキツい)です。 不満を伝えても「改善するから残って」と引き止めの材料を与えてしまうだけで、交渉が泥沼化します。退職理由は、ポジティブなものか、反論できないものに「整理」しておく必要があります。
上司への退職の伝え方【ステップ別】
この手順通りに進めることが、最もトラブルの少ない方法です。
ステップ1:アポイントメント(面談)の依頼
最も重要なのが、切り出す「場所」と「タイミング」です。 忙しいナースステーションの真ん中で「ちょっといいですか」と切り出すのは、最悪のマナー違反です。必ず、上司と二人きりで話せる「面談の時間」を正式に確保してもらいます。
切り出し方(メールまたは口頭での例文)
タイミングを見計らい、以下のように伝えます。 「師長、今少しよろしいでしょうか。ご相談したいことがございますので、業務終了後(または明日など)に10分ほど、お時間をいただくことは可能でしょうか」
この時点では「退職」という言葉は使わず、「ご相談」とするのがビジネスマナーです。
避けるべきタイミング
- 師長が明らかに忙しそうにしている時
- 重症患者の対応中や、カンファレンスの直前
- 勤務開始直後や終了間際のバタバタしている時間
ステップ2:面談当日の「第一声」と本題
個室や面談室に入り、本題を伝えます。ここでの心構えは「辞めても良いか」という許可を求める「相談」ではなく、「辞めることを決めた」という「報告」である、という意識です。
まずは感謝とクッション言葉から
いきなり「辞めます」ではなく、面談の時間を取ってくれたことへの感謝から入ります。 「お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
「相談」ではなく「決意の報告」として伝える
ここが最重要です。曖昧な言い方は、引き止めの余地を与えてしまいます。 「実は、ご相談(と申し上げましたが)、退職させていただきたく、本日はお時間をいただきました」 「いろいろと考えた結果、〇月〇日をもって退職させていただきたいと考えております」 このように、「すでに決意したこと」として報告の形で伝えてください。
退職希望日を明確に提示する
前述の就業規則(例:1ヶ月前)と、あなたの引き継ぎに必要な期間を考慮した、具体的な「退職希望日」を必ず提示してください。
上司への伝え方(例文)【会話シミュレーション】
理想的な会話の切り出し方(例文)
(あなた)「師長、お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」 (上 司)「はい、どうしましたか?相談って」 (あなた)「本日は、退職のご相談(または、ご報告)があり、お時間をいただきました。急な話で大変申し訳ないのですが、一身上の都合により、退職させていただきたいと考えております」 (上 司)「えっ(何か理由を聞かれる)」 (あなた)「つきましては、業務の引き継ぎなども考慮し、〇月〇日付(※就業規則より先の日付)での退職を希望しております」
退職理由の伝え方:引き止められない「回答例」
退職理由を聞かれた際の、信頼できる回答例です。
(NG例)職場への不満
「ここの人間関係が無理で」「残業代が出ないのが不満で」「夜勤が多すぎて体力が限界で」 (※これらは全て「じゃあ改善するから残って」という交渉の材料を与えてしまいます)
(OK例1)キャリアプラン(ポジティブな理由)
「現職で学んだ急性期の経験を活かし、次のステップとして、〇〇(例:訪問看護、緩和ケア、予防医療)の分野に挑戦したいという思いが強くなりました」 「〇〇(例:認定看護師)の資格取得のため、一度臨床を離れ、大学院に進学することを決意いたしました」
(OK例2)反論できない個人的・家庭的な理由
「配偶者の転勤が決まり、〇〇県へ引っ越すことになりました」 「家族の介護が必要となり、フルタイムでの勤務(または夜勤)の継続が困難になりました」 「自身の体調の問題で、医師から一度休職(または退職)して治療に専念するよう勧められました」 (※これらの理由は、病院側が「それでも働け」とは言えない、反論の余地がない理由です)
強い引き止め(説得)にあった場合の対処法
人手不足の職場では、あなたがどんなに完璧な理由を述べても、師長は立場上、必ずあなたを説得しようとします。
1. 感謝を述べ、決意が変わらないことを示す
「師長のお気持ちは大変ありがたく、感謝しております」と、まずは引き止めてくれることへの「感謝」を必ず伝えます。 その上で、「ですが、自分自身で悩み抜き、決めたことですので、その意思は変わりません」と、「毅然とした態度」で決意が固いことを示してください。
2. 改善策の提示には乗らない
「給料を上げる」「日勤だけにする」「病棟を異動させる」といった条件改善(カウンターオファー)を提示されることもあります。しかし、一度辞めると言った人間がその職場に残っても、居心地が悪くなるだけです。丁重に、「そのようなご配慮をいただき、本当にありがとうございます。ですが、決意は変わりません」とお断りしましょう。
3. 退職届を正式に提出する
口頭での合意ができたら(あるいは交渉が決裂しても)、規定に従い、速やかに書面で「退職届」を提出します。これにより、退職の意思表示が法的な証拠として残ります。
誠実な態度と毅然とした決意が円満退職の鍵です
上司への退職の伝え方で最も重要なのは、「これまでお世話になったことへの誠実な感謝」と、「何を言われても退職するという毅然とした決意」の2つを両立させることです。
伝えるべき順序とマナーを守り、感情的にならず、冷静に「報告」と「感謝」を行うこと。それが、あなたの看護師としての評判を守り、スムーズな次のキャリアへと進むための唯一の方法です。