退職交渉とは
退職交渉(たいしょくこうしょう)とは、現職の医療機関に対して退職の意思を正式に伝え、退職日や引き継ぎ、残有給の扱い、各種手続きの段取りを合意していくプロセスのことです。看護師の転職では、シフト制や夜勤体制、オンコール運用、多職種連携、電子カルテやバーコード投薬など業務が複雑なため、丁寧なコミュニケーションと計画的なスケジュール管理が、患者安全とチームへの影響を最小化します。
なぜ大切か(目的とゴール)
退職交渉の目的は、職場と円満に合意し、患者さんとチームに迷惑をかけない形でバトンを渡すことに尽きます。最終的なゴールは、退職日、最終出勤日、残有給の取得計画、引き継ぎの範囲と期限、貸与物の返却、書類の授受がすべて言語化され、双方の認識が一致している状態です。次の職場でのオンボーディングにも好影響が出ます。
タイミングの考え方
退職の申し出は、内定やオファー面談の条件が固まった段階で行うのが一般的です。就業規則や雇用契約で定められた手順と期限を確認し、現場の繁忙期や人員配置を考慮して、余裕を持った時期に上長へ相談します。医療現場では引き継ぎやシフト調整に時間がかかるため、現実的には一か月前から逆算して準備すると混乱が少なくなります。
看護師ならではの論点
病棟や外来、オペ室、ICU・HCU、透析、訪問看護など配属領域ごとに、引き継ぎの中身が変わります。看護必要度の傾向、日勤と夜勤の受け持ち人数、申し送りの型、PNSやチームナーシングの運用、フォーカスチャーティングやSOAPといった記録方式、電子カルテのメーカーと権限、投薬のダブルチェックやバーコード投薬、インシデントの振り返りの場など、運用と言葉をそろえて合意しておくと行き違いを防げます。
誰に、どう切り出すか
最初は直属の上長(師長・主任)へ口頭で結論から伝え、その後に人事と看護部へ正式な手続きに入ります。伝え方は、結論、理由、配慮、日程案の順が基本です。
結論として退職意思を明確にし、理由は前向きに簡潔に、配慮として引き継ぎと勤務協力の意思を添え、日程案はシフトと患者安全を最優先に提示します。感情的なやり取りを避け、面談の要点は当日メモに残します。
退職願・退職届・合意書のちがい
退職願は「退職させてください」という申請、退職届は「退職します」という意思表示、合意書や覚書は退職日や引き継ぎ条件など合意内容を残す文書です。施設によって所定様式が異なるため、人事の指示に従い、提出日と受領の記録を残します。
スケジュールの全体像
申し出から最終出勤日までの流れは、上長への面談、退職願の提出、人事との面談、退職日と最終出勤日の確定、引き継ぎ計画の合意、残有給の取得計画、貸与物の返却、最終日の手続き、離職票や源泉徴収票の送付確認という順で進みます。内定承諾書や労働条件通知書のスケジュールと矛盾がないかも都度確認します。
引き継ぎの作り方(看護実務の要点)
引き継ぎは、患者安全と継続性を最優先に設計します。自分が担当している領域の手順書、チェックリスト、申し送りのテンプレート、カンファレンスの運用、当直・オンコールの連絡網、委員会やリンクナースの役割、物品や機器の管理、外部業者との連絡先、教育係やプリセプターの引き継ぎを、担当者と期限を決めて言語化します。電子カルテのテンプレ、教育資料、マニュアルの保管場所なども合わせて明記します。
シフトと夜勤の調整
二交替か三交替か、夜勤帯の看護師と看護補助者の人数、救急や緊急オペの呼び出し、仮眠と休憩の確保、明け残業の実態など、現場に合わせて最終月のシフトを決めます。体調や家庭事情がある場合は、早めに相談して合意を取るのが安全です。
残有給・代休・時間外の整理
残有給は計画的付与や公休と組み合わせ、引き継ぎに支障が出ない範囲で消化計画を作ります。代休や時間外の精算は、勤怠データと就業規則を基に人事へ確認します。病棟の繁忙状況を踏まえ、消化日を前もって共有しておくと円滑です。
貸与物と情報セキュリティ
制服、ICカード、名札、ロッカー鍵、端末、モバイル端末、駐車場カード、教科書や研修資料、バーコード投薬端末などの回収・返却を一覧化します。患者情報や内部資料は個人端末へ持ち出さず、個人アカウントやメモの消去、共有ドライブのアクセス権限の停止を依頼します。SNSや学会発表資料の取り扱いも就業規則に沿って整理します。
人事・労務の手続き
離職票、雇用保険被保険者資格喪失、健康保険と厚生年金の切り替え、住民税の特別徴収の扱い、扶養控除等申告書の回収、源泉徴収票の送付先確認、退職金や慶弔金の有無、退職証明書や実務経験証明書の発行依頼など、退職後に必要な書面は一覧で管理します。訪問看護や特定行為研修など、次職で要る証明書は余裕をもって申請します。
引き止めへの向き合い方
給与や配属変更、勤務形態の提案などのカウンターオファーが提示される場合があります。判断は未来志向で行い、オファー面談で合意した次職の条件と照らして、キャリアの軸に沿って選択します。どちらにしても、相手への敬意を忘れず、決定後は速やかに連絡します。
感情のケアとプロフェッショナリズム
退職は個人の決断であり、誰かの失敗ではありません。感謝を言語化し、関係者への配慮を示すことで、最後の印象は大きく変わります。患者さんとご家族への影響がないよう、最終日まで変わらない姿勢で職務を全うします。
看護部長・人事とのすり合わせ事項
退職日と最終出勤日の定義、残有給の取得計画、引き継ぎ期限、貸与物の返却、最終勤務表の承認、退職願・退職届の扱い、離職票の送付時期、源泉徴収票の送付先、退職証明書の発行、健康保険証の返却、個人情報保護と機密保持の誓約の終了手続きなど、曖昧さを残さないことが重要です。
文面と会話の例(簡潔版)
申し出の最初の一言
お時間をいただきありがとうございます。大切なお話があり、本日付で退職のご相談をさせてください。
理由の伝え方
在宅領域での経験を深めたいと考え、訪問看護へ転向する決断をいたしました。現部署での学びに心から感謝しています。
配慮と日程案
患者安全とチーム運用を第一に、引き継ぎ計画と残有給の取得について事前に案を作成しました。最終出勤日は〇月〇日、退職日は〇月末でご相談したく、シフトは夜勤を月〇回まで対応可能です。
締めの一言
ご迷惑のない形でバトンを渡せるよう最善を尽くします。人事手続きの次のステップをご指示ください。
よくあるトラブルと予防策
配属未確定のまま退職日だけ早まる、残有給の消化が口頭約束のまま、貸与物の返却リストがなく紛失扱いになる、離職票や源泉徴収票の到着が遅れる、といった事態は珍しくありません。予防策は、合意事項を文書にすること、提出や返却は受領印をもらうこと、連絡窓口を人事と看護部で二系統確保することです。
次の職場との接続
内定承諾書、労働条件通知書、入職日、オンボーディングの初回日程、健康診断や抗体価の確認、予防接種歴、資格証の写しなど、次職に提出する資料をリスト化します。前職の退職証明書や実務経験証明書は、訪問看護や認定看護師の研修要件で必要になることがあるため、早めに発行依頼しておくと安心です。
逆算ロードマップ(目安)
退職申し出の一か月前
上長と人事へ相談、退職願を提出。引き継ぎの範囲と担当者、期限を合意。
二〜三週間前
残有給の取得計画を確定、貸与物の洗い出し、最終勤務表の調整。
一週間前
引き継ぎ完了チェック、離職票・源泉徴収票の送付先確認、最終日の段取り共有。
最終日
貸与物の返却、アカウント停止、送別と感謝の挨拶、退職後の連絡先を人事へ共有。
退職後
書類の受領確認、社会保険と雇用保険の手続き、次職のオンボーディング準備。
退職交渉とは、キャリアの次の一歩へ進むために、現職と丁寧に合意を積み上げるプロセスです。
シフトと引き継ぎ、残有給、貸与物、書類、人事手続きという五つの柱を押さえ、言葉と文書で認識をそろえれば、患者さんにもチームにも安心な退職が実現します。円満な退職は次の職場への最高の推薦状になります。落ち着いて、計画的に、前向きに進めていきましょう。